元陸上自衛官のレトロ軍曹です。
私は陸上自衛隊に同期と2年遅れの20歳の時に入隊しましたが、特に誇れるような社会経験をしていたわけではなく、コンビニでアルバイトをしていました。
同期には色んな人がいて、高校卒業してすぐの18歳で入隊した人が半分以上、残りの半分が「大卒者、フリーター&ニート、元サラリーマン」という感じで、中には「自衛隊を1度辞めて舞い戻って来た」という人もいて、実に様々な境遇の人が集まってきます。
しかしながら「隣の芝は青い」という言葉があるように、単純に「不安定なサラリーマンを辞めて、給料的にも安定している自衛官を目指す!」という感じだと、入隊後に後悔してしまうかもしれません。
以下では、陸上自衛隊を辞めてサラリーマンになった私の立場から、「脱サラして自衛隊への入隊を考えている人へアドバイス」を送りたいと思います。
サラリーマンの逃げ道に自衛隊は茨の道すぎるのでは?
サラリーマンが向いていない人は多くない
この記事を読んでいる方の現在の境遇が分からないのでアレですが、サラリーマンが向いていない人ってそんなに多くないと思うんです。
大体向いてないのって「今の会社、今の職種」であることがほとんどで、同じ業種でも会社を変えた瞬間に伸び伸びと活動できるというパターンも少なくありません。
単純に「人間関係が上手くいかないから会社を辞めよう」と悩んで、次に向かう先が同じ業種の別の会社というのは自然な気がします。
もしくは「今やっている仕事は本当にやりたいことじゃなかった」と気付いた人は、思い切って別の業種に挑戦するという人もいることでしょう。
ただ、どんな考えで「サラリーマンから自衛隊へ方向転換しようとしているのか」は、結構重要なんじゃないかと思います。
広報官にうまいことを言われて、「国家公務員だから安定している/休みが多い/衣食住がタダ」と言われて丸め込まれているんだとすれば非常に危険です。
▶知らないと損!自衛官になる為の窓口「地本・広報官」に関する注意点
良くも悪くも自衛隊は特殊過ぎる
今この記事を読んでいるあなたが、「今の会社は本当に休みが無くて、毎日が残業続きで、家には寝るためだけに帰っている」という過酷な生活を送っているのだとすれば、まだ自衛隊に入隊した方が人間らしい生活が送れるかもしれません。
ただし、今あなたが当たり前のように感じていることの多くは、自衛隊では当たり前のことではないということだけは、しっかりと肝に銘じておきましょう。
- お風呂、トイレ、居室などのありとあらゆる物が共用
- 外見、服装なども自由とは言えない
- 仕事が終わっても仕事の延長みたいなもの
今、あなたが抱えている悩み等は、他の会社に就職し直すとか、転職することでは解決されない問題なのでしょうか?
自衛隊は確かに国家公務員として給料は安定していますが、もし給料面や休みの面での待遇で選ぶなら、なにも自衛隊じゃなくても警察官とか消防でもいいのでは?
あなたがサラリーマンとして勤めている日々に矛盾を感じ、「自分は国を守りたいんだ!」と強く感じたのであれば話は別ですが。
ちなみに自衛隊には「警察や消防に受からなかったから入隊した」という人が一定数いますが、この人たちは長続きしないことが多いような気がします。
自衛隊にも向き・不向きはある
私は陸上自衛隊をドロップアウトした人間なので、自衛隊にも向き・不向きがあるということは痛いくらい理解しています。
一般の会社よりも陸上自衛隊の方が向いている人がいること自体は否定しませんが、自衛隊は「仕事の内容以外の部分でノイズが多い職業」であることは間違いないでしょう。
例えば、私が自衛隊に向いていなかったと考えている部分は、
- 訓練に対する目的を見出せなかった(心から本気になれなかった)
- 自分1人のプライベートな時間を持つのが難しい
- 訓練中は顔も洗えないし、歯も磨けない
など、普通のサラリーマンなら味わうことがないであろう部分でした。
仕事から疲れて帰ってきても、部屋には誰かしら居ることが多いですし、電話をする際に会話を聞かれたくなかったとして、本当に誰にも会話を聞かれない場所を見つけるのも難しいような世界です。
部屋で横になっていても急に先輩隊員が部屋に入ってきたら、ちゃんと1回1回挨拶をすることを求められるような世界です。
一般の会社の愚痴などは、聞いてもらって共感してもらえるだけでも少しは楽になります。ですが、自衛隊内の悩みを一般の人に共感してもらおうなんて結構無理な話です。
現に逃げ場所を失くしてしまう自衛官の中には、「自殺」という悲しい選択をしてしまうくらい追い詰められる人も少なくないので、決して「安定している、休みが多い」などの短絡的な理由で選ぶことだけはおすすめしません。
自衛隊への入隊を決める前に考えて欲しいポイント
入隊してもいずれは一般社会に復帰しなければならない
日本では高齢化社会が進んでいて、現役と呼ばれる年齢も徐々に引き上げられています。
しかしながら、現時点で自衛官の定年退職の年齢を引き上げるという話はなく、一般隊員の場合は50代前半で自衛官を辞めることになるでしょう。
▶自衛隊、自衛官の定年って何歳?階級によっても違うけど再就職が必要
「自分にはサラリーマンは向いていない!」と辞めて入隊した人が、数十年後に50代を迎えて一般社会に放り出された時、果たしてやっていけるでしょうか?
私が辞めた時の陸上自衛隊では「自衛官は礼儀や作法に厳しく、真面目な人が多いという印象を持たれるから、再就職にも有利だ」と指導されていましたが、実際に私が社会に出て思ったのは「経験や実績に勝るものはない」ということです。
私は一生懸命に訓練に取り組み、日本国を守るために日々鍛錬している自衛官の人を心から尊敬していますが、じゃあその人が自衛官を辞めるとなった時に、新しい社会でそれを考慮してもらえるかどうかは、また別の話じゃないかと思っています。
55歳くらいで一般の会社に就職しようとして「あなたは何ができるの?」と聞かれて、それに答えられないようでは再就職もままならないのではないでしょうか。
現時点では経験や実績があっても、よほどすごいステータスでもなければ、高齢になってからの再就職は難しいと言われています。
さらに数十年後は多くの仕事が自動化されるんじゃないかと言われており、政府が積極的に移民を受け入れるという発言をしていることからも、今よりも仕事そのものが減っているという可能性も否定できません。
心の底から自衛隊に魅力を感じているという場合はさて置き、もし「サラリーマンがキツいから自衛隊に入りたい」という程度の熱量であれば、嫌なことを20年後~30年後に先延ばしにしているだけなのでは?
自衛隊で学んだことは無駄にはならないが…
自衛隊でも色々なことを学びます。そして一般の人が経験できないようなことを経験できるという意味では、非常に価値のある体験と言えますし、これは決して無駄にはなりません。
しかしそれを一般社会に出てから活かせるかと言ったら、かなり難しいんじゃないかと思います。
自衛隊で鍛えた身体を武器に、50歳を超えてからも肉体労働をするというのであれば、自衛隊での経験を活かせるかもしれませんけど…。
一方で、一般の会社に勤めていたという場合、一部では「血にも肉にもならない」という仕事があるのかも分かりませんが、大抵は自分のスキルになるんじゃないかと思います。
営業をしたことがあるなら、少なからずも「どうやれば営業成績が伸びるか」という問題と向き合ったことがあるはず。自衛隊にいたら、営業成績と向き合うことなんてほとんどありませんから。
私は20歳で陸上自衛隊に入隊して、26歳で自衛官を退職し、27歳で再就職しました。
私自身に学歴が無いことなども関係しているとは思いますが、やはり多くの会社では「実務経験の有無」を重要視していると感じました。
一般の会社に勤めて感じたのは、キャリアアップの話が結構転がっているという点です。私は数年前に転職し、現在は自衛隊をやめてから2社目に勤めていますが、1社目の経験を活かしながら上手くステップアップできたのではないかと思っています。
また、陸上自衛隊では難しかった「副業をする」という選択が取れるのも、サラリーマンとしての大きなメリットです。
会社によっては副業を禁止している所もあるという話ですが、そこの給料だけでやっていくことが難しく、それなのに副業を禁止されるという話なら「副業を許可してくれる会社に行けば?」と思います。
これと同じ理屈で、もし現在の会社に不満があるなら、それから解放されるための条件を兼ね備えた一般の会社があるのでは?
どうしても自衛隊に入隊したい目標があるなら応援します。そうでなければ、今の悩みから解放される別の会社を選び直す方が、賢い選択と言えるのではないでしょうか。
私が自衛隊に感じた不満
ここからは実際に陸上自衛隊に勤めていた私が感じた「陸上自衛隊の不満」について、簡単にご紹介します。
これを読んで「なんだその程度か」と思える人なら、おそらく自衛隊でもやっていけると思うので、ぜひ参考にしてみてください。
1日でも早く入隊した人が兄さん
自衛隊では階級社会と言われていますが、階級が上というよりも「1日でも早く入隊した人が偉い」という空気もあります。
一般の会社でも、ただずっと同じ会社にいるというだけで大して仕事も出来ないくせに威張り倒している上司がいるというケースもあると思いますが、自衛隊にもそういう無能な上官や先輩隊員はわんさかいるので注意が必要です。
また、脱サラして入隊するという場合は「高卒で入隊した同期よりも年上」という状態で、入隊することになるでしょう。そうなってくると、年下の先輩ができることになります。
年下でも先輩は先輩なので、呼び捨てにされるのは当然として、時には結構な雑用を押し付けられたりすることも珍しくありません(この辺はどんな先輩に当たるかによっても変わりますが)。
一般の会社でも「1日でも早く入社した人が偉く、後輩は従順な態度を取らなければならない」というルールがあるのかも分かりませんが、あくまで私の考えとしては「同じ人間であって、先輩だからとか年上だからとか言う理由で相手をこき使う」という行動には違和感を感じるので、そういう人は自衛隊だときついと思います。
▶自衛隊生活で最も屈辱的な経験|年下の先輩に横暴な振る舞いをされた
基本的にはずっと寮生活
「お金がない」という人にとっては、衣食住がタダ同然という部分に魅力を感じる人もいるのかもしれません。…が、私が見てきた限りでは「こんな所、一刻も早く出たい」という隊員がほとんどでした。
寮を出るためには一定の条件があり、幹部になるとか結婚するとかすれば外に出られます。モテる人なら「じゃあ結婚しよう」と考えることでしょう。
しかし単にモテないだけでなく、入隊時に彼女がおらず、更には地元から転勤させられて土地勘のないような場所に飛ばされた私のような人間が、結婚で寮から出ようと考えるのは結構無理ゲーでした。
20歳も超えてるのに、ちょっといい感じになって女の子が「今日は帰りたくない」とか言い出した場面に遭遇しても、食い気味に「あ、そろそろ門限だ」と言って駐屯地に帰る姿は「滑稽」としか言いようがありません。
寮にいる限りは、
- お風呂もちょっと時間が経てば変な物が浮いてくる
- 朝、トイレが混雑していて、ニオイもきつい
- 同じ部屋の人の体臭、イビキなどの悩み
- 1人モゾモゾの難易度が高い
- ちょっとコンビニに行くということすら難しい(駐屯地によっては敷地内にコンビニあるけど)
という、普通に生活していたら味わうことが無いような苦痛と付き合っていく必要があります。
パワハラの巣窟
「自衛隊で暴力とかいじめってあるの?」と聞かれたら、ちょっと考えて「暴力ってどこから?」という部分をハッキリさせてから発言しますが、パワハラに関しては「自衛隊にはパワハラしか無かった」と言い切ることができます。
個人的にずっと好きになれなかったのが「飲み会の余興」です。先輩隊員が後輩隊員に対して「なんか面白いことやれ!」と言うことがあり、これが結構な苦痛となります。
私の場合は、実際に下っ端の時に無理やり余興をやらされることも苦痛でしたが、それ以上に「自分がやらされて嫌だったことを、後輩にやらせてしまう」という部分が、ずっと心にモヤモヤとして残っていました。
下っ端として共用場所の掃除とか、基本的な雑用をやるというのは仕方ないとしても、無闇にパシリにしたり、余興をやらせたりっていうのは違うんじゃないかと。
一緒に苦楽を共にして、下っ端の頃は「俺たちは絶対あんな先輩隊員にはならない」と誓った同期が、後輩に余興をやらせてゲラゲラ笑っている姿を見た時に、なんとなく悲しい気持ちになったのを覚えています。
そして「あ、俺は自衛隊に向いてない」とも思いました。「自分たちもそうだったから」と言って、初心を忘れるのって人としてどうかと今でも思っています。
サラリーマンを辞めて自衛隊に入ろうと考えている人へ
もしサラリーマンをしていて「本当にやりたいことが自衛隊だ!」と思ったのであれば、全力で応援します。しかし現状に不満を感じているという人の場合は注意してください。
その不満が自衛隊に入隊することで改善されるかどうかは、また別の話です。むしろ「今まで当たり前のように出来ていたことが、当たり前のように出来なくなってしまう」という部分も覚悟しておくべきでしょう。
本当にやりたいことが自衛隊にあるなら、多少の理不尽にも耐えられると思います。ただ、入隊後の進路には運も左右されますし、自分が望む部隊に配属されるかどうかは分かりません。
というか、実際にやってみないと「どの隊が普段どんなことをしているのか」なんか分からないですし…。希望通りの隊に配属されなかった場合は、ぶつけようのない怒りや悲しみを感じることになるはずです。
もし現状に不満を感じているのであれば、「現状の不満を解消できるカタチの転職」を考えてみてはどうでしょうか?
入隊したって55歳くらいで定年ですから、そこからはまたサラリーマンをやることになる人が大多数です。その時に「大砲が撃てます/戦車を動かせます/射撃が得意です」というアピールでご飯を食べることは難しいでしょう。
お給料に不満があるなら、副業などもいくらでもやりようがあるので、ぜひ色んなパターンを検討してみることをおすすめします。
最後に
たぶん「脱サラして自衛隊に入りたい」という人は、もう既に広報官などから情報を吹き込まれていて、ほぼ入隊の流れに乗っている人が多いと思います。
個人的には「自分に子供がいても、自衛隊への入隊は反対する」と断言できるくらいおすすめはしませんが、中には「自衛隊を1回辞めて、また戻って来た」という隊員もいるので、そういう人からすると「自衛隊は良い職場だった」という意見が聞けるでしょう。
いずれにしても入隊して頑張れるかどうかが重要で、その頑張りは一般社会と全く違う場所にベクトルが向いています。
確かに自衛隊に対してぬるいと感じる部分もありましたが、一般社会と比べて厳しい部分もありますし、何よりも「自衛隊をぬるいと感じるような人に、国民は自衛官をやってほしくない」と言うのは間違いないので、その辺を心掛けることが出来るかどうかですね。