元陸上自衛官のレトロ軍曹です。
陸上自衛隊にいた頃に辛かったことを考えると様々なことが思い出されます。例えば「理不尽な上官がいた」とか「寮内の面倒な序列」とか…。
当時は死ぬほど嫌でしたが、今思えば良い思い出みたいになっているのが実に腹立たしいです。特に当時辛かったことほど、そうなっている傾向があります(ただしパワハラ関係は今でも嫌な思い出です)。
一般の人からすると「訓練こそ1番きついんじゃないの?」と思うかもしれませんが、訓練がきつい部隊なんてそんなに多くありません。多くの部隊では「怪我をしないこと」を優先しているからです。
そこで今回は、割と現実的なレベルの訓練「総監検閲」の辛さについてご紹介したいと思います。
総監検閲とは?
私が所属していた部隊、駐屯地では年に数回の訓練期間がありました。日常的に行われている訓練は、この訓練期間を乗り越えるための訓練というイメージです。
そしてその年に数回の訓練の中にも予行練習と本番のようなものがあり、その本番に該当するのが総監検閲です。
自衛隊は陸上、海上、航空と3つに分かれていますが、陸上自衛隊はそこから更に5つの単位に分けることができます。
地方によって分けられる〇〇方面隊という区分には、それぞれ「北部、東北、東部、中部、西部」とあるのですが、それぞれの方面隊に方面総監という立場の偉い人がいるという仕組みです(四天王みたいな感じでしょうか)。
この偉い人に「うちの部隊は精強な部隊です!」ということを見せるための訓練が総監検閲となります(子供が授業参観で張り切るようなイメージで、この親が割ときびしく、簡単には褒めてくれないから尋常じゃないレベルで頑張るという感じですね)。
自分たちのトップに見せつけるような内容の訓練ですから、自分らにできる範囲で割と厳しい設定で行われるという印象が強い訓練と言えるでしょう。
総監検閲のきつい訓練の内容
度々、状況が入る
訓練で多いのは「〇〇で災害が起きた」とか「〇〇から空襲が行われた」などの、いわゆる状況を仮定して動く訓練シミュレーションです。良く言えばシミュレーションですが、悪く言えば災害派遣ごっこ、戦争ごっこというイメージになります。
前者ならまだしも、後者は「いつ空襲警報があるかが想像もつかない」ので、ある程度の当たり外れが出てしまうのですが、ここでハズレを引いてしまうと若い隊員は結構きつい思いをしてしまうことが多いです。
ハズレというのは「自分の仮眠時間に空襲が来るかどうか」という点に集約されるのですが、何十人という隊員がいると必ず1人か2人は「自分の仮眠時間に限って空襲が来る」という事態に巻き込まれるので、こうなると相当きついと考えて間違いないでしょう。
訓練は大体5日間くらい継続しますが、誰でもガッツリ寝るということはできなくて、2時間程度の仮眠をローテーションで取ることが多かったです。
この時に自分の仮眠が2回連続で潰れたりすると、丸2日間一睡もできずという状況に追い込まれたりします。そのため、ハズレを引いた人とそうでない人の精神的なキツさは大幅に変わってくるはずです。
ちなみに私はこれで「夜間訓練中に草むらで寝てしまう」という大失態を犯しました。
割と手の込んでいる戦争ごっこ
普段の訓練の場合は総監検閲を成功させるための訓練ということで、少しぬるめの設定となっていることが多いです。
例えば、卒業式などの予行練習でも「ここで校長先生が挨拶をして…」というテイで進むことって結構あるじゃないですか?料理番組でも「ここで5時間寝かせたものがコチラになります」というテイで進行されることがあると思いますが、まさにこのような感じです。
一応、総監検閲に備えて「夜中に敵国の空襲が来る」という状況こそ同じものの、部屋は「目張りしているテイ」だったり、見張りに関しても「2時間見張りをしたテイ」などの雰囲気で進行することが珍しくありません。
本番は敵国からの進行に備えて、見張りに立つ地点にも土嚢を積み立てて、銃撃されても大丈夫な状況を作ることから始まるのに対し、予行練習なら「ここに土嚢があるテイで…」という緩い感じで訓練が進みます。
そのため、総監検閲の時は準備そのものが結構きつくて、訓練前には衣類もすべて防水処置(ジップロックなどに入れて濡れないような処置)を施したり、歩哨に立つ時に携行するライトもブラックテープを巻いたりして光を絞ったりするのがデフォルトです。
普段は「〇〇したということにして…」という融通が利くのに対し、総監検閲でまさかお偉いさんに「今は部屋の明かりが見えていますが、もし敵国から本当に空襲があったらちゃんと隠しますので…」なんて通用しないわけで、そういう気の持ちようからしても総監検閲は割と厳しめと言えます。
シミュレーションと現実の狭間がよく分からなくなってくる
食事は摂るけどお風呂はNG
総監検閲は「本番さながら」にして訓練を行います。ここでいう本番とは、あってはならないことですが「敵国に攻め込まれたら」という状況を想定するという意味です。
空襲があった時に「ここに基地があると敵パイロットにバレないように、一切の光を漏らさないようにする」というのはまだ分かります(もはやレーダーでバレちゃってるでしょというのはありますが)。
あとは「本番さながらとは言いながらも、本物の銃弾を持たせて事故に繋がるリスクは背負えない」ということで、弾が入っているテイの銃を持って警戒にあたるという部分も理解できます。
ただこういう部分を1つ1つ洗っていくと、本番さながらにと言いながらも本番に寄せなきゃいけない部分と「そこはまぁいいでしょ」的なノリの部分の区別が非常にわかりにくいです。
例えば「敵国から攻められるかもしれないって時に、風呂に行く馬鹿がいるか?」という感じで、訓練中はお風呂に入れないことが多いのですが、そのくせ食事に関してはみんな揃って食堂に行ったりするんですよね。
あと歩哨に立つのは基本的に経験もない若い陸士隊員が多く、最後の砦を若い隊員に任せるという部分にも違和感がありました(部活動の跡片付け感覚)。
更に言えば、基地の前の見張りに立つのはいいとして「今もし敵国と戦争になったとして直接的に攻め込まれるっていう仮定は間違ってないのかな?」など、色々と思う部分が出てきます。
「見張りに立つのはいいけど、結局爆弾落とされて終わりなんじゃ?」とか「上もそれを理解しているから、経験のない隊員でも問題ないと判断してやらせてるんじゃないか?」とか。
通信部隊ならではの苦悩
私は通信部隊に所属していたので、自衛隊独自の通話回線の維持・運営が職務でした。自衛隊は独自の通話回線、データー回線を持っていて、一般的な電話が機能しなくなっても指揮系統が取れるようになっています(建前上は)。
そして検閲中は、隊員の中に「わざと通信障害を引き起こす敵国役の隊員」なんかもいて、その回線を復帰させるためにあれこれやったりするのですが…。その連絡に携帯電話を使ったりするんですよね。
当時は、演習場の山でも「ソフトバンクは電波が入りにくく、より深い地点に進むとauしか電波が入らない」ということを理解していて、5人1組で班編成する場合などは必ずauの携帯電話を所有している隊員を入れるようにするとかやっていました。…これって本番さながらなの?
テレビで特集されるような訓練は普通はやらない
一般の人が自衛隊の訓練をイメージする場合、多くは空挺やレンジャーなどの「とりわけ厳しい訓練」を想定するのではないでしょうか。
私も実際に入隊する前は「蛇や蛙の肉を食べたりするのかな?」と思っていたりしましたが、そんな厳しい訓練をする部隊なんて普通は行かないです。
私も話でしか聞いたことはありませんが、陸上自衛隊で言えばレンジャー部隊なんかは相当きつい訓練が行われているようで、3ヶ月という期間限定ではあるものの、徹底的に訓練をすると聞きました。
ただしこれに関しては本人の希望ありきか、あとは部隊が「こいつならいける」と判断した人しか推薦しないんじゃないかと思います。
実際に「わざと空砲で腹を撃って怪我をして、レンジャー訓練から逃げ出した」という事件もあるくらいなので、無理やり行かされる人というのもいるかもしれませんが、私の観測範囲でそういう人はいませんでした。
ちなみにみなさんの職場、学校などにもテレビが取材に来るとなったら、少しでもよく見せようとしませんか?
自衛隊も一緒で、特に自衛隊の場合は日本国民の税金によって成り立っているという部分があるので、だらしない部分は見せられませんから「少しでもきつい訓練をテレビ放送してもらいたい」という目論見があるのではないかと思います。
最後に
個人的には本番とシミュレーションの境界が曖昧だという点が気に入りませんでしたが、じゃあ本番通りやるかと言われたら、自分たちの首を絞めることになるでしょう。
誰でもキツイ訓練に参加したいとは思わないはずですが、キツイ訓練の時に本番を想定できる人間こそが本物の自衛官のように思います。